ホーム > 検索条件:「民俗・文化 その他」
周囲12キロの小さな島で3の集落に分かれており、島の玄関口の浜地区、学校や役場などがある東地区、祭事ごとなどを行う西地区で構成される。また、農業は、サトウキビや酪農を行っている。
カテゴリ:民俗・文化 ・ 暮らし(衣・食・住) その他
島の南西の崖の上で、上寺角原にある墓。
カテゴリ:遺跡 民俗・文化 その他 ・ その他 風俗 写真
カテゴリ:民俗・文化 その他 ・ その他 写真
県道185号線
カテゴリ:民俗・文化 自然 その他 ・ 風俗 その他 写真
那覇の北西約57km、北緯26度34分、統計127度13分の地点に位置し、東に沖縄本島、西に鳥島を望む。地形はほぼ三角形状で、面積約7.9平方キロメートル、東西4km、南北2.6km、周囲約12kmの島。一万年以上前に火山岩で形成され、3期...
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
真竹(マダケ)の葉の両端を折り曲げてささ舟を作り、ため池などに浮かべて楽しんでいた。
カテゴリ:民俗・文化 ・ 風俗 その他
干潮時はすなどりの賑わう時で、女は潮干狩りや所々に出現する水溜り(クムイと呼んでいた)の魚を捕りに出掛けた。男は、遠浅になったサンゴ礁の間の海を水中眼鏡をかけて泳ぎ回りながらベラやハタを釣った。また、数人で網をしかけてハギやヒメジ、ブダイを...
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
粟国島で人が住み始めたといわれたいわれる集落、また島で行われる多くの祭事もこの地域が中心に行われている
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
1872年廃藩置県に伴い琉球藩は廃止となり、沖縄県設置と同時に八重村が廃止され、西村と東村が新設された。1903年には土地整理完了と同時に西村、東村、浜村を廃止し、区制施行され字西、字東、字浜と改称された。
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
「東(あがり) かや葺(ぶ)ちやや、 かり宿(やど)どやゆる 西(いり)ぬ石(いし)ぶちやど 留(と)まいどくる。」7月の盆や、洗骨などの法事に歌われる念仏という歌。「島の東方にある村の中の、かやで葺いた家は、ほんの仮の住居であり、西の方の...
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
1737年粟国島に八重村と浜村を新設。その後八重村が廃止され西村と東村が新設されたが、1903年には土地整理完了と同時に西村、東村、浜村を廃止し、区制施行され字西、字東、字浜と改称された。
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
粟国の各集落には行政区をさらに年中行事などの生活ごとに細分化したハルグミ(原組)と呼ばれる、独自のコミュニティーがある。かつては83ものハルグミ(原組)があったが土地改良区総合整備事業などの換地登記により、原の統合が行われ、現在では11のハ...
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
学校、役場、診療所などの村の行政機関が集中する地域。明治36年にそれまでの浜村、西村、東村を廃止し、区制施行され現在の字西、字東、字浜と改称された。
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
1872年廃藩置県に伴い琉球藩は廃止となり、沖縄県設置と同時に八重村が廃止され、西村と東村が新設された。1903年には土地整理完了と同時に西村、東村、浜村を廃止し、区制施行され字西、字東、字浜と改称された。
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
粟国ではマンボーの漁法を工夫し、熟練した技量を備えていた。マンボーを捕獲するモリは直径1cmくらいの太い針金を用いて先を矢じりのように鋭く造ったもの。柄を取り付け、強じんな縄を結び、柄は1.5M程の太い棒を使用した。4~5月がマンボー狩りの...
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他
1737年八重村と浜村が新設されたが、1872年の廃藩置県に伴い琉球藩は廃止となり、沖縄県設置と同時に八重村は廃止。八重村として一つの部落だった場所はあらたに西村、東村が新設され粟国島は三村に文画された。
カテゴリ:民俗・文化 ・ その他